原点からの始まり

 あっという間に秋ですね。抜けるような秋空に、一昨年訪れた富山市庁舎から見た立山連峰を思い出します。豪雨のため北陸新幹線が不通となり、名古屋経由の高山線で5時間。山々を走る列車はのんびり、豊かな自然と時間を演出してくれました。コロナ禍の中、鉄道の旅番組をみて、次なる旅の研究中です。

 

 これからの福祉を考える機会を得て、グループホームの原点に立ち戻ってみました。「グループホームケアのすすめ」(朝日カルチャー発行1994年)を読み返すと、「痴呆性老人ケアの最前線~日本でもグループホームは可能か」(「高齢者保健福祉フォーラム」1993年)のあの時の熱気を思い出します。新しい時代の始まりを予感するフォーラムの中にいた私は登壇者の山井和則さん(当時松下政経塾)に「田無でもグループホームは可能か」というテーマの講演会を依頼、この講演会(1994年2月)で、サポートハウス年輪は産声を上げました。当時グループホームに期待される効果は6つとされました。

①安住の地(病院のたらい回しからの回避)②症状が和らぐ(残存能力を引き出し適切なケアにより、病気そのものは治らないが、問題行動は減少、症状が和らぐ)③家族の満足(住み慣れた地域に作りやすく、家族が毎日でも訪問でき、家族と本人との人間関係がよくなる)

④介護スタッフの満足(スタッフ個人の決定権が大きく、症状の改善が肌で感じられる。働き甲斐がある)⑤長期入院を減少(コストを減らすことができる。グループホームの方がコストが安い)⑥建設コストが削減できる。

​この効果を御旗に私たちは当時の田無市議会に地域福祉計画にグループホームを入れるように陳情し、採択されたこともこの本に掲載されています。

今、何が求められ、課題は何なのか、痴呆性老人が認知症状のある方に名称が変わったけど、ケアの原点は変わっていないはずです。年輪が掲げる 「のんびり、ゆったり、マイペース」このぶれない原点から新しい福祉が始まる予感がします。

 ​理事長 安岡厚子

西東京市 総持寺のダリア

「田無でもグループホームは可能か」というテーマの講演会

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